夏本番かつおの一本釣り漁が始まりました
先日も、丸八丸は、シラス漁を実施後船を走らせ群れを探して沖合へ
出漁。漁模様は上々早々と帰港しかつおの出荷したところです

かつおの一本釣りは、平塚の漁業とは切っても切り離せない漁業。
歴史をさかのぼると、1800年頃には操業していたことは確実で、
昔は、エンジン付の船ではなかったので、帆で船を走らせ大島付近まで操業していた様子
明治末~大正時代には動力機械が搭載され、エリアは伊豆諸島~房総までが行動範囲に
近年はその一本釣りの知識や経験を生かす形で遊漁船へと転向、発展
そして今かつおの一本釣りだけで生計をたてる漁業者はいませんが、こうして丸八丸は、この時期になると
「かつお漁バージョン」
に船を切り替え、ナブラ(群れ)を求めて広い海へくりだしています
「いま・むかし」カテゴリーアーカイブ
「須賀の入梅まつり」「須賀の長まつり」と言われた須賀のまつり、20日・21日開催。
平塚 須賀のまつりが2013年7月20日(土)、21日(日)に開催されます

流行病や災害がなく、大漁満足・五穀豊穣で人々が平和で豊かであることを祈るお祭りとして古くから伝わっている行事の一つです
須賀の鎮守神(通称:明神さん)である三嶋神社のまつりの1つである「須賀のまつり」は、「須賀の入梅まつり」「須賀の長まつり」と言われ、
1600年頃(江戸時代初期)には、【大山千軒須賀千軒(すかせんげん)、南湖は360軒、あいのまつう(松尾)は13軒】と俚言でうたわれ、祭礼もさらに盛り上がりをみせ、輿がのると7日~12日間も続いたことで上記のように言われたそうです
(平塚三嶋神社のHPより)
須賀の歴史は平塚の港の歴史、昔から船を使った産業が発展していました
今回は平塚の港地域「須賀」の歴史をご紹介!

上の写真は平成5年に平塚市観光協会さんから発行された
「ふるさと再発見 須賀のくらしと文化」という資料の一部です![]()
この資料では須賀地域の昔の産業や歴史が紹介されています。
今でもこの港のある地域を「須賀」と呼びますが、江戸時代には
「須賀村」が存在していたことや、相模川で船
を使った砂利の
運搬が盛んにおこなわれていたこと、漁業
ではブリを獲る網、
地引網、カツオの一本釣りなどが紹介されています。
昔からこの地域が海・船とともにあったことが感じられます。